セルロースナノファイバーを適用した伝動ベルト用ゴムの開発

ー植物由来の高性能素材で炭素循環社会に貢献ー

目次

    セルロースナノファイバーとは -脱炭素化社会へ世界が注目する素材-

    セルロースナノファイバー(CNF)とは、植物素材をほぐし、断面方向寸法3-100nm・アスペクト比10以上・長さ100μmまでのバイオマスナノ繊維素材を指します*1。軽量かつ高強度の特性を有しており、資源の少ない日本をはじめ世界中で、森林資源を生かせる新素材として注目されています。

    *1:ISO_TS_20477_2017

    世界では石油の価格上昇や枯渇リスク、CO2排出量の増大に伴う温暖化問題に直面しており、将来的に石油資源の供給リスクを克服しつつ、持続可能な低炭素社会を実現していくためには、バイオマスなどさまざまな非石油由来原料への転換が必要となっています。


    植物素材であるセルロースナノファイバーは、鋼鉄の5分の1の軽さで5倍以上の強度を有するバイオマス由来の高性能素材です。その実用化に向けた期待が増す一方で、市場拡大にはさらなる用途の開拓やコストダウンが期待されています。

    バンドー化学はセルロースナノファイバーの特長を活かしたゴム材料技術により、ベルトの高伝動化および高効率化の開発に取り組んできました。高伝動化により駆動システムの大容量化・コンパクト化を可能とし、また、高効率化により低燃費化を可能としてCO2削減を図ります。

    今回の記事では、脱炭素化社会へ世界が注目する植物由来の素材を活かした当社の「セルロースナノファイバーを適用した伝動ベルト用ゴムの開発」に携わり技術資料を執筆した土井さんと小林さんに話を聞きました。

    「セルロースナノファイバーを適用した伝動ベルト用ゴムの開発」のテクニカルレポートはこちら

     https://www.bandogrp.com/development/pdf/technicalreport_24.pdf


    伝動ベルトの「新しい領域」をセルロースナノファイバーが具現化

    ー低炭素社会、脱炭素社会の実現に向け、セルロースナノファイバー関連技術の研究開発が注目される中、どのように「セルロースナノファイバーを適用した伝動ベルト用ゴムの開発」に辿り着いたのでしょうか?

    土井さん 
    セルロースナノファイバーの適用に至った経緯の前に、まずは伝動ベルトに求められる特性から説明します。伝動ベルトには求められる主な特性として
    ・ベルトの幅方向への剛性と長さ方向への屈曲性の両立
    ・変形に伴うエネルギー損失の抑制
    があげられます。

    その他にも耐摩耗性、摩擦係数、低温度依存性など、種々の特性を考慮して設計する必要があります。

    小林さん
    ベルト関連製品は自動車・二輪車用、産業機械用、農業機械用など多岐に渡ります。これまではベルトに求められる特性を具現化させるため、ゴムをカーボンブラックや短繊維等と複合化させて補強する方策が用いられ、設計していました。一般的に、用いる短繊維が細く長いほど高い補強効果が得られます。

    ただ、市場での使用環境が過酷化する中で要求される複数の特性を同時に満たすことが困難になり、より高性能な補強材の適用が必要となりました。

    土井さん
    どの開発もそうですが課題は山積みで、今回は相反する特性を同時に満たすことが求められる研究でした。CVT(Continuously Variable Transmission)と言う、近年では四輪バギー、スノーモービルなどに用いられている駆動方式に使用するベルトですが、高排気量化の加速により「より高馬力化を目指す」の風潮もあって、どうしても高いトルクを伝えるために、ベルトも高い力に耐えられなければなりません。

    また、高速回転にも耐える必要があるため、屈曲性(柔軟性)も求められます。例えばプーリで挟まれる時にもぐしゃっとならずに、ベルトの幅方向への剛性と長さ方向への屈曲性の両立が重要になります。

    セルロースナノファイバーの図


    小林さん

    強さと柔軟性を成立させるために、ゴム材料は粒状の補強材料と繊維状の補強材料を入れますが、既存の組み合わせの限界を超える材料の開発が必要となりました。

    その点、セルロースナノファイバーは今までにないアスペクト比と弾性率を有しており、新しい領域に挑める!となりました。


    剛性と屈曲性を両立するセルロースナノファイバーが製品レベルを向上

    ー素材との出会いが「セルロースナノファイバーを適用した伝動ベルト用ゴムの開発」の成功の鍵となったわけですね。セルロースナノファイバーの特性と製品化への手応えはどうでしたか?

    土井さん
    これまでのようにベルトの厚みを厚くする手法だと、当然ベルト重量も重くなり、さらには厚さに比例して屈曲性も悪化してきます。既存製品を超えるためにはヨコからの硬さとタテへの柔らかさを両立できる材料が必要との結論に達しました。

    小林さん
    新素材に求める要素は確かに厳しい注文になりましたね。柔軟性と剛性は背反する特性にもなるので、両立には特殊な材料設計が必要になります。さらに剛性と省エネ性も両立が困難な特性で、同時に満たしながらさらにレベルアップさせるには新しい材料の組み合わせが必要と考えていました。

    新しい材料候補を探している時にセルロースナノファイバーが浮上し、特性や形状を考慮すると、この研究開発で狙っている特性は出せるのでは?と検討を開始しました。

    様々な候補や角度から検証した結果、検討する価値があるとの結論になりました。野球選手で言うと「ホームランバッターなのにバントや盗塁までこなす」ような課題が、セルロースナノファイバーで可能となったわけです。

    土井さん 
    もちろん、これまで似たような製品もありましたが、当社での実験では「高いトルクに耐えられない」、「発熱が凄い」など、一方をクリアすれば、もう一方がクリアできないような歯がゆい状況が続きました。そのような厳しい条件の中で、セルロースナノファイバーに出会った感じです。

    セルロースナノファイバーの図2


    同じ材料で実際に色々なベルトの試験を繰り返しながら「まぁ大体こんなもんかな」と結果は予測できるものです。その予定調和の日々を過ごしながら、セルロースナノファイバーに出会い、セルロースナノファイバーで作ったベルトがカタチになって。試作品では実際に「次元が一つ違う」ことを実感しましたね。

    研究開発にありがちな「こんなもんかな...」と思う中で、さらに上を行きました。製品としての現実味を帯びてきた時には「はまった!」と言うか、更なる次元を実感できて嬉しかったですね。

    小林さん
    材料分野の開発に関しては技術的な妥当性の検討だけでモノによっては数年かかります。それを製品に適用する際には品質面の安定性を含めてさらに多くの課題を克服する必要があります。

    まったく新しい材料が製品に採用されることは滅多にないですから、セルロースナノファイバーが上手く行きそうだ、と手応えを得た時にはがぜんやる気が出ましたね。既製品など従来の改良ではなく、まったく新しい材料で市場に適応できるクオリティに到達するのは、10年に1回ぐらいのイメージでしょうか。


    植物由来のセルロースナノファイバーと共に持続可能な脱炭素化社会へ

    セルロースナノファイバーの図3


    ー10年に1度レベルの出会いで「セルロースナノファイバーを適用した伝動ベルト用ゴムの開発」を成し遂げました。今回の技術開発を通じて、セルロースナノファイバーの可能性や将来の展望をお願いします。

    土井さん 
    この開発を通じて、製品としてはスノーモービルやバギーなどの加速性能向上につながります。(既存のベルトで高いトルクを伝えるには大きなプーリが必要となり、車両の加速性能を犠牲にしてしまう)

    祖父が自動車の整備士だったこともあり、幼少期は実家の裏に転がっていたピストンやエンジンに魅せられました。見た目のカッコ良さでエンジンなどが花形に対して「ベルトは心臓部」だと思います。

    「セルロースナノファイバーを適用した伝動ベルト用ゴム」を用いることで、プーリを小さく出来るのであれば、加速性を上げられますから。乗り物好きの1人としても加速性は大事な魅力ですし、操縦時のフィーリングもより快適になると思います。今後も引き続きベルトの理想、究極を求めて研究開発を進めたいですね。

    小林さん
    今回の開発で製品全体としては直接的に大きな変化を成し遂げた、とまでは言えないかもしれません。ただ、既存製品では成し得ない「強さと柔軟性を両立した伝動ベルト」により、車体などの全体をコンパクトにすることは可能です。コンパクトになることでデザイン性や加速性の向上につながることは産業にとってもプラスです。

    伝動ベルトは様々な分野で用いられています。将来に向けて、まずはセルロースナノファイバーをゴム補強材料の標準的立ち位置まで押し上げたいですね。

    そして、セルロースナノファイバーは植物由来の材料ですから、これまで一般的だった石油材料からの脱却の一助になれば、環境負荷低減にもつながりますので凄いことだと思いますね。

    「セルロースナノファイバーを適用した伝動ベルト用ゴムの開発」のテクニカルレポートはこちら

     https://www.bandogrp.com/development/pdf/technicalreport_24.pdf


    この成果は、化学品メーカーである東ソー株式会社(本社:東京都中央区)と連携して実施した、NEDO(国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構)の助成事業「炭素循環社会に貢献するセルロースナノファイバー関連技術開発/研究開発項目〔1〕革新的CNF製造技術の開発」の結果得られたものです。

    画像

    執筆・取材

    B-angle編集部 B-angle Editorial Desk

    B-angle編集部です。ギジュツに関わるテーマをできるだけ分かりやすくお伝えできるよう日々精進しています。

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